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2005年09月05日

マレーシアの子ども事情

 私は高知ケナフ普及会の宮地 亀好です。2002年にはミャンマーにご一緒させて戴き、今でも、その時の感動が残っています。
 今回、急遽、マレーシアで開催されるケナフセミナーに参加する事になり4泊5日という短期間でセミナー・ケナフボード工場・栽培地・研究所を廻ってきました。
 マレーシアは国土の面積は日本の90%で人口は約2800万人13州からなり、国教はイスラム教である。
 国民の所得は東南アジアではシンガポール、ブルネイに次いで3番目に高く、約4500ドル(約48万)である。
 スズは世界一の生産国であり、海底油田、木材(まだ国土の70%が原生の熱帯雨林)電気製品や木材加工品、それにパーム椰子やゴムの大きなプランテーションもあり、発展している国である。
 クアラルンプールの交通渋滞緩和・公官庁の立て替えや発展途上国の追い上げなどから空港近くに、新都市移転計画・IT振興地区をもうけて、積極的に投資している。
 学校は田舎まで新しい建物が建設され、小学校は20人学級、中等学校は15人学級が定着しています。

 IT産業振興には、小学校から取り組み、マルチメジア・スーパー・コリドー計画も進められているし、新都市移転計画も計画の半分の年数でほぼ70%完成し、国会や官公庁の移転は終了し、安価で快適な住宅も次々と建設されていました。
 空港は黒川紀章さんの設計で東洋一と言われるくらい立派で、クアラルンプールまでは約75kmも離れていますが、ノンストップの特急列車28分で結ばれています。
 人種はマレー系62.3%中国系26.7%インド系7.6%であるが、教育に於いてはブリプトラ 政策によってマレー系の国民が優遇されています。
 子供の数は一家族平均は4人と多く、私が聞いた家族はほとんど4人以上でした。
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 学校はプレスクールと呼ばれる4才からの就学前教育からスタートし、以降、小学校6年、下級中学校3年、高等中学校2年、大学予備課程2年、大学3年(医学部は5年)のいわゆる「6-3-2-2-3制」から成っている。
 就学率は1995年の数字で小学校96.7%、下級中学校82.4%、上級中学校55.8%大学予備課程23.2%、大学3.7%と成っていました。今では小学校への就学率はほぼ100%近いと思われます。教員数は生徒に対して多く、全校を通じて教員1人当たり生徒15名以下と充実していた。
 中等・大学は技術系の専門学校も多く、大学の一部は大手企業が経営し、有用な人材養成もしていました。
 教育政策の基本に民族間の貧富格差を是正し、社会構造の再編を促す事に置いており、小学校6年で試験を行い、マレー系のみの児童を全体(約20万人)の1.2%に当たる約24、000人が全寮制の英才教育を受け、狭い大学に進学している。
 書店などは子どもの教材も多く、特に算数の問題には決められた答えを書くだけでなく、自己発想力を養う内容が多く見られました。
また、自己の意見を大勢の前ではっきり伝えるという内容の授業もされているとの事であった。
 マレーシアは車社会、ほとんど横断歩道はなく、危ないし、ガソリンは自国で生産でき、かつ税金もかからないため、(1リットルが40円と安く)都会の児童はほとんど、送迎は父兄が車で、田舎では自転車通学で有った。
 小・中学校は義務教育では無いが、高学歴は高所得に結びつくため、親は積極的に学校に行かしている。田舎の学校の話では小学校でも1人当たり週1リンギット(約29円)が必要とのことで、子どもの多い家庭は負担が多いとの事であった。(ちなみに先生の初任給は約8、000リンギット・・約23,200円)
 高等中学校の就学率が低いのは、家庭を助けるために就職する事によると思われます。その時男子生徒が早くから、仕事に就くため、大学進学率などは女性が65%以上を占めている。
 私が訪問したスハン村はタイ国境からの集団移住で出来た村で1所帯2ヘクタールを国が無償で与え、100所帯が稲作を営んでいました。稲作は1年に雨期の1回しか蒔けないため、裏作にケナフの栽培をし、近くのクアンタンミエコ松下のボード工場に販売するために試験栽培をしていました。
 この部落にも、立派な小学校が建てられ、朝8時から午後13時までの授業に全員が登校していました。
 また、就学前から国の教えとしての「道徳教育」が国の連帯感・自己の自己規律の基本にあり、日本は同じようにする事は出来ないものの、自己規律を高める事や団体生活を営む時の協調性などを高める教育について、学ぶべき点が多くあるように思われました。
 子ども達の教育・福祉の向上は地域の経済基盤の充実が不可欠である。今回、訪問したマレーシア・スハン村の振興には、その地域に合ったケナフの栽培技術の確立が不可欠である。環境保全、農業と工業の連携、循環型社会の構築などこの部落だけでも200ヘクタールあるケナフ栽培は。地域振興モデル地区としてもぜひ成功して欲しいと思っています。幸い、アジア子ども交流支援センターの会員はケナフにも興味のある方が多いので、他の国に行くときにも、この村を訪問して文化交流が出来ればと思う旅でした。
6月9日記(writing 宮地 亀好)

投稿者 tsuka : 2005年09月05日 10:40

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