« ほんのちょっと前まで(?)アジアで | メイン | ミャンマーの子ども達に、歯みがき指導 »

2005年09月05日

ミャンマーへの思い

Myanmar project 2005 report-1 
 ミャンマーへいけるなんて夢にも思いませんでした。義父がビルマ、マンダレー戦争での体験談をよく話してくれました。激戦地であったことはもとより、高温、蚊、病気、食糧不足などで生き残ってきたのが不思議だといっていました。多くの戦友を失くしており思い出のマンダレーへ1度でいいから行きたいと、言っていた折り、タイ旅行1週間の券2枚が手に入りました。
s-yamada2l.jpg

 義父にお前一緒に行ってくれないかと誘われ、ビルマの近くなら行きましょうと、タイへ連れていってもらったのが初めての海外旅行でした。その時はビルマからミャンマーへの国名変更など政情不安のため、ミャンマーへは入国が出来なかったことを記憶しています。バンコクまでの旅でしたが義父は大いに喜びました。その義父も84歳で他界しマンダレーの記憶も薄れた頃、グローバル教育支援センターにミャンマープロジェクトが出来、教育支援が始まりました。
 2005年7月末の支援参加で5回ミャンマーへ行くことになります。支援に行くたび多くを感じるのですが、ヤンゴンへ着くと町並みがきれいになっているように感じます。またゴミも少なくなっています。写真を撮る機会が多いのですが、この頃カメラを向けると拒否する人が出てきました。大どおり、裏どおり、路地、いたるところがマーケットでありレストランであったりします。あの陽気さは何処から出てきているのか不思議でなりません。それに子どもたちの澄んだ目の輝きです。また子どもの物売りの少ないことです。軍事政権下の人々とは思われません。
 僧院学校訪問が多くなりますが、この子らを見ていると自分の子どもの頃が懐かしく思い出せます。衛生状況、教育環境、食料状況全く私の子どもの頃と同じです。日本の人たちの善意の学用品、お金、誠意をこの子らに少しでも役立っていただければ、またマンダレーを始めとする戦争で多くのビルマ(ミャンマー)の国民に迷惑をかけています。少しでも償うことが出来ればと毎年参加させてもらっています。義父も「治三、ありがとう」と喜んでいてくれると思います。
(writing 山田 治三)

投稿者 tsuka : 2005年09月05日 18:26